2006年 04月 28日 ( 2 )
高熱隧道
d0052538_229999.gif昭和初期、日本が戦争への道を歩もうとしている時、
黒部渓谷に発電所を建設するためのトンネルが掘られた。

この本は、多大な犠牲を払って完成したその工事をについて
吉村昭が詳細に調べ上げて書き上げた物語で、
登場人物こそ架空のものであるが、ストーリー自体は
全て実際のエピソードを再現しているらしい。

トンネルの難工事の記録、と聞くと、
昨今ではプロジェクトXのような
苦難と成功、そして感動、、、といった
美談になりそうなキーワードが連想されそうだが、
この物語に関しては、そのような美談は微塵も出てこない。
むしろ、国家的事業のために多大な犠牲を払った人たちへの哀悼の物語とも言える。

ダイナマイトが自然発火するような高温の坑道を掘る人々が
途方もない執念をもって工事を進めている様子を淡々と書かれているが、
むしろ生やさしい表現が使われていない分、迫力がある。

ちなみに、「隧道(ずいどう)」というのは、トンネルの事だが、
他にも"棺を埋めるために、地中を掘り下げて墓穴へ通じる道"という意味も持つ。
300人を超える犠牲者を出した難工事を記録した物語という事もあり、
偶然かもしれないが、非常に意味深なものを感じずにはいられない。
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by climberkitune | 2006-04-28 22:10 | Books
愛国の対価

教育基本法の改正で、愛国心に関する表現の盛り込みが話題になっている。
そもそも、この愛国心という表現そのものに非常にあいまいなものがあり、
国家を愛せといっているのか、それとも日本という郷土を愛せといっているのか
あるいはわれわれの持つ文化を愛せといっているのか?

言わんとする事が何であれ、こうも与党内での合意のためとか
野党の反発への対応とかでその表現をコロコロ変えている辺りを見ると、
その本質がどこにあるのかが全く見えてこない。
目先の都合に合わせて、とりあえず無難な表現でまとめるような事をしていては
将来的にその解釈をめぐって不毛な議論が繰り返される事になるのではないか?

しかしこの際、そんな些細な事はどうでもいい、と言い切ってしまおう。
そんなことよりも、もっと気になることがある。

今の日本を愛する代価として、今の日本は何をしてくれるのだろう?

国民のために、まやかしではない本当に明るい未来を用意できるのか?
納税者に対して、税金に見合うだけの還元ができているのか?
諸外国からの脅威に対して、国民を保護する事ができるのか?
誇るべき固有の文化を継承していく事ができるのか?

国としてあたりまえの事ができないのに、一方的に国民に国を愛せという。
この辺りの問題点について、もう少し考える必要があるのではなかろうか。

それとも、愛というからには、代償を求めず全てを捧げろとでも言うのだろうか。

さらに余談
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by climberkitune | 2006-04-28 00:31 | Thinking



日常生活の断片
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