カテゴリ:Thinking( 20 )
小論文と小作文
試験で「小論文」とか「小作文」というものを見かける。
与えられたテーマに沿って文章を作成する。

一見、同じようなものに見えるが、実は大いにに違うもの、、、のようだ。
その違いを一言で言えば、論文と作文の違いである。

簡単に言えば
論文:事実や論拠に基づいた文章
作文:事実無根でも、問題ない文章
という事になる。

つまり「小論文」といった場合には、書くことが事実でなくてはならず、
文章作成者の知識や洞察力、視点が評価される。

一方、「小作文」の場合には、内容は100%フィクションでも全く問題はなく、
その文章のいわゆる「面白さ」が評価基準となる。

つまりこの2つ、評価の仕方が全然異なってくるわけだ。

これを試験内容として評価する場合、
検証や知識の照らし合わせだけで片付く場合と、
その文章の「面白さ」を考えなければならない場合。
前者の方は比較的客観的に評価できるので、公平な評価が出来そうだが、
面白さの評価とはいかなるものか。

読む人間の好みによって全然違って来る、
すなわち評価基準があまりにも曖昧となる。
読む人間、つまり採点者好みならば高得点、そうでなければ低得点となる傾向が強くなるのは否めない。

そう考えると、この種の試験の評価基準とは何か、という気もするが、
企業が自社好みの人材を探すのにはうってつけなの試験かもしれない。
どちらにしても、文章というものは作成者の人柄、知識、知性、表現力などいろいろなものを表しているのともいえるのだから。

ただ、出題者側が意図的に「小論文」と「小作文」とを区別していて、
その上で出題しているのかどうかという点についてはいささか疑問ではあるが・・・。
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by climberkitune | 2005-04-15 00:00 | Thinking
環境と穴
「環境」とは、「穴」のようなものである。
一見、何の関連も無いようであるが、実はこの二つ、似たようなところがある。

最近、そこかしこで見られる「環境」という言葉。これは当然のように使われているが、
「環境」だけでは何を表しているのかわからない。
ましてや「環境」というものだけを抽出して具現化することは不可能である。

「穴」というものも同様である。
「穴」の開いているものを考えてみよう。 ナットの穴、壁の穴、ドーナツの穴。
どれもがナット、壁、ドーナツがあって、はじめて存在し得るものである。
穴だけでは存在し得ない。

これを「環境」に当てはめみよう。
生活環境、地球環境、自然環境。
お分かりだろうか?

生活、地球、自然というものがあって、その周辺に存在するものが
「環境」なのである。
「環境」とは何かを取り囲むものであり、または周囲の物事である。
その中心となるものなくして、「環境」を語ることはできない。

「『環境』は大事なものだ、かけがえのないものだ」
こんな言葉がよく聞かれる。
しかし、その主体は何なのか?

それだけでは存在し得ないもの、「環境」。
ならば、その主体となるものは何なのか?
そこが「環境」という言葉を使う上でもっとも重要なことなのである。
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by climberkitune | 2005-03-19 00:00 | Thinking
学習意欲
子供の学習意欲が米国、中国と比べて著しく劣っているというニュースが報道された。
それによると、授業への集中・宿題への取り組みなどに対して、
無気力な子供が非常に多いと言うのだ。
原因は大人の無気力な社会が子供にも影響している、という評価がされている。

しかし、それよりも学校の学習環境、
特に教員の質の問題が多く問われるべきではないかと思う。
委細実例を挙げて言う事もないだろうが、ともかく最低限教員に望みたいことは、
指導方法が云々という以前に「人として真っ当であってほしい」と思う。

教員だから子供が従うのではなく、人としての牽引力で子供が付いてくる教員。
効率とか成績が最優先される厳しい世の中ではあるが、
それ以外の大切なものを「教える」のではなく「感じさせる」事のできる人材こそが
今の時代には要求されるべきだと思う。

青臭い学園ドラマみたいな話だとは思うが、鬼のように恐れられていたような
生徒指導主任(大抵は体育教師とか、空手・柔道・剣道部辺りの顧問?)ほど、
巣立っていったOB、BGに慕われているような気がする。
逆に、小ざかしいだけのネチネチした教員のところには、卒業後に挨拶に来る
OBやOGはいないようだ。
この辺りが事の本質を表していると思う。
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by climberkitune | 2005-03-16 00:00 | Thinking
知識と知性【4】
知識は人を驚嘆させる事はできるが、
知性は人を感動させる事ができる。
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by climberkitune | 2004-10-12 00:00 | Thinking
本を読み返す
ラジオに村山由佳が出演していた。
私はその名前は聞いたことはあるけど、本は読んだ事は無いけど。

彼女は対話の中で、
「小説というのは、読んだ人が自分なりに翻訳して解釈している」
「その時に自分の経験と重ね合わせたりして読む。
同じ本を読んだとしても10年前と今とでは自分の経験量が違うから、
改めて読むことで新しい発見が出来る」
というような事を言っていた。

なるほど、確かにそうだ。
以前読んだ本を改めて読み返すと、自分の変化や成長に気づける時があるような気がする。
こんな陳腐な話を喜んで読んでいたのか、と思う時もあれば
こんな大事な部分を見落としていたのか、と思う時もある。

ともあれ、元々本は捨てられないほうだから、本は書庫に溜まる一方だ。
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by climberkitune | 2004-10-11 00:00 | Thinking
探求
全ての事象の理由を知りたいと思うのは、必然かもしれない。
全ての事象の理由を知ったと思うのは、傲慢かもしれない。

全ての事象の理由を知ってしまう事は・・・不幸かもしてない。
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by climberkitune | 2004-10-05 00:00 | Thinking
知識と知性【3】
過去の人の知性よって編み出されたものは知識として後世に残る。
後世の人にとっては知識として常識とされている事も、
過去の人の思索の末に完成された回答である。

たまには完成に至るプロセスにも多少は関心を持って、
過去の偉大な知性に敬服したい。
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by climberkitune | 2004-09-30 00:00 | Thinking
自分の事を棚にあげる
「自分の事を棚にあげて文句を言う」
とは、批判に対しての反発としてよく使われる表現だ。
しかし実際のところ、完全に自分の事を棚にあげずに他人を批判できる人がいるのだろうか?

自分の事を棚にあげずに批判できる人、それはまさしく聖人君子なのかもしれない。

残念ながらそのような人は滅多に見かける事がなく、それゆえ、世間一般のほとんどの人が、今日も自分の事を棚にあげたうえで文句を言っているのだろう。

とはいえ、棚にあげる程度の問題というのもあるだろうから、やはり自省は必要だ。
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by climberkitune | 2004-09-29 00:00 | Thinking
知識と知性【2】
知識、それは一つの回答を知っている事。
知性、それは数多くの回答を見つける事ができる能力。
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by climberkitune | 2004-09-25 00:00 | Thinking
知識と知性【1】
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ちしき【知識・智識】
ある事象について知っていること。またその内容。

ちせい【知性】
頭脳の知的な働き。知覚をもととしてそれを認識にまで作り上げる精神的機能。

広辞苑第五版より
-----

知識とは知っているということ。
知性とは考える力。

人は人生を歩む過程で誰しも多くの知識を当然のように身につけていくが、
誰もが知性を当然のように身につけていくわけではないようだ。

知識と知性については、いろいろと考える事が多い。
このテーマについて何か思いつくたびに、
一言ずつでも少しずつ書き足していこうと思う。
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by climberkitune | 2004-09-22 00:00 | Thinking



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